Mr.Dew の SPORTS DISCUSSION 第1回
「新記録樹立の背景」
                                                                2001.10.10
 日本のプロ野球もようやくペナントレースを終え、セントラルリーグはヤクルトスワローズ、パ
シフィックリーグは大阪近鉄バファローズが優勝し、いよいよ20日から始まる日本シリーズへと
話題は向いていく。イチロー・新庄といったスター選手が日本のプロ球界からメジャーリーグへと
流出していってしまった今年、これといった話題も少ない中で、それでも野球ファンが注目したの
は、何と言ってもタフィ・ローズ選手(大阪近鉄)のシーズン最多本塁打記録への挑戦であったろ
う。結果として王貞治が持つ記録に並びはしたものの、新記録樹立まではいかなかった。マスコミ
が伝えるところによれば、様々な思惑があったようだが、どうしてこのような思惑が生まれてしま
ったのか、それは、残された記録に渦巻く背景によるところが大きい。

 基本として、新記録が達成されようとするときはいかなる時でも、マスコミ各社は過去の記録の
検索にあたる。当然、それはメディアを通じ、社会に流布する。ただ、その記録について、これか
ら述べるような背景が存在した時は、残念なことに悪しき流行が渦巻く。そう、「新記録樹立の阻
止」である。今回はそれが生まれるであろう2つの背景について話をしてみよう。

 まず1つ目は、日本だけにとどまらず、野球先進国アメリカでも問題とされたことである。それ
は、「それまでの記録の達成者が現存していたり、また、あまりにも偉大である」ということだ。
まず、アメリカの場合。今回の話題と同じく、シーズン最多ホームラン数で見てみよう。といって
も、マーク・マグワイア(セントルイス・カージナルス)の話ではない。さかのぼること40年前、
ロジャー・マリス(ニューヨーク・ヤンキース)の例である。当時の記録保持者は、シーズン60
本塁打を放ったベーブ・ルースであった。野球を詳しく知らない人でも、その名前を知る男。ハン
ク・アーロンに破られるまで、世界記録であった生涯通算714本のホームランを打った男。病気
で寝たままの自分のファンにホームランを打つことを約束し、公約通りに実行した男。その人気と
仕事の大きさゆえに、年俸が時の大統領・フーバーのそれを超えた男。さらに彼の生い立ちを加味
すれば、まさにアメリカン・ドリームの体現者でもある。これほどまでの男が達成した記録を、実
際の話からすれば、マリスはシーズンに61本塁打を放ち、確かに越えたのである。

 しかし、「あのルースの記録が破られる」と考えた一部の人達は、当時の試合数を盾に、この記
録は評価されない、と記録更新の無効を語り始めたのである。というのは、ルースの記録は、15
4試合でのものであり、マリスの場合は現在と同じく、162試合で達成されたものであるので、
ホームランを打つのにかけた試合数が少ない、ルースの方がすぐれている、と論じたのである。一
年かけて積み重ねてきた自分の記録が認められない、所属するチームの大先輩に負けないようにが
んばってきたはずなのに・・・そんな理不尽さに嫌気のさしたマリスは、引退後、失意のままに若
くしてこの世を去っている。 

 では、今回の日本の場合に話を戻してみる。記録保持者は王貞治。言わずと知れた「世界の王」
である。編み出した独特の打法・一本足打法を武器に、現在も世界記録となる生涯通算868本の
ホームランを放ち、国民栄誉賞も受賞。日本球界の名門・東京読売巨人軍において、ON時代の一
角を担った男。知名度も抜群。監督としても福岡ダイエーホークスの監督として、リーグ優勝2回、
日本一1回を達成している。経歴として非の打ち所がない。だが、アメリカの場合と同様に、これ
が落とし穴となった。こうしたプロフィールに偉大さを感じた一部の人達は「あの王の記録を越え
るなんて・・・」と考えた。この感情は、先のマリスに対する感情と同じものであろう。しかも、
今回でこれが2度目というのであるから、たちが悪い。1度目は、といえば・・・阪神ファンなら
誰でもご存知、ランディー・バースがシーズン54本塁打を放ち、王の記録に肉薄した時である。
このことについては、次の背景で話をしよう。とにかく、こうした「偉大さ」に畏怖の念を感じ、
また、その「偉大さ」が消えてしまうことを恐れるあまりに、記録の更新が妨げられることがあり
うるのだ。

 次に考えられる背景といえば、「日本人が持つ外国人に対するイメージ」であろう。悪く言えば
「島国根性」、ということになる。例えば、日本人の多くは「ぺらぺらに日本語を話す外国人」に
奇妙な視線を持って対応する。おそらく、日本語が公用語となっている国が現在は他にないからで
あろう。某スポーツ紙で埼玉在住の日本人説まで飛び出したデーブ・スペクター、外国人であるに
もかかわらず、山形弁が達者であるダニエル・カールなど、数え上げればきりがないが、彼らは、
日本文化に好意をもって接しようとしているにもかかわらず、なかなかそれは受け入れられないの
である。それは我々日本人が自国の文化に自信がもてないのか、それとも、外国人の話す日本語は
片言であるはずだ、という先入観からなのか、日本人は、浅めならともかく、日本を深く学習しよ
うとする外国人に対しては、時に受け入れがたい、というような感情で接することがあるのだ。

 こうした外国人に対するイメージがどういう影響をもたらすのか。今回の例で言うならば、「日
本球界で達成された記録を外国人が越えるなんて・・・」と考えてしまうのだ。先にも書いたが、
ランディー・バース(阪神タイガース)の時がまさにそうであろう。1985年に54本塁打を放
ち、同年のチームの日本一にも貢献。また、85・86年と2年続けて三冠王となったバースは、
「阪神史上最強の助っ人」と呼ばれるほど、その偉大さをたたえる阪神ファンは少なくない。彼が
王の記録に迫ったその85年はあと数試合を残しての記録への挑戦であった。しかし、当時爆発的
な打棒を誇っていた彼を恐れたのであろうか、「記録に並ぶことさえまかりならん」と考えられ、
彼の打席のほとんどが敬遠されるという事態に陥ったのである。結局本塁打王は獲得したものの、
新記録の樹立は不可能となったのである。今回のローズの場合にいたっても、このような忌まわし
きエピソードがあったにかかわらず、同様のことが繰り返された。試合展開もあっただろうが、福
岡ダイエーホークスピッチングコーチ・若菜嘉晴の出した指示は「監督に対して配慮せよ」であっ
た。つまり、現記録保持者・王貞治を守れという指示だったのだ。バースの時から16年の時を経
ても、外国人に対するイメージはなんら変わっていなかったのである。

 記録更新を阻止されたタフィ・ローズ、また、ランディー・バース、実は両者には明確な共通点
がある。それは、「日本野球をしっかりと理解しようとして、選手生活を送っている」という点で
ある。バースは、阪神タイガースに入団した当初、真っ先に覚えようとしたことは、箸の使い方で
あったという。日本食を食べることを通して、チームメートとコミュニケーションをとり、何より
好物であったのが素うどんであったというから、驚きである。ローズについても同様のことが言え
る。彼の場合は食べ物の点ではなく、言葉であった。現在もヒーローインタビューに立つと、彼は
頻繁に「ヨッシャー!!」と叫ぶ。おそらくこれは彼が近鉄に入団当時の監督であった、佐々木恭
介の口癖を真似したものであろうから、入団当初から、監督とよく話し、日本語によって戦術を理
解しようとしていたことがうかがい知れる。メジャーリーグが大きく注目されるようになってから、
よく言われることであるが、日本野球とメジャーリーグの野球との大きな違いは、「かわす野球」
と「勝負する野球」の違いであるとされている。日本でプレーする外国人はこの点を理解している
と本当によく活躍している。彼らもそんな違いに着目していた。だからこそ、日本の野球、つまり
は日本の文化を理解しようと真剣になっていた。彼らは日本野球のよき理解者であるはず。それが
記録を前にすると、逆に大きな壁になってしまうのが、あまりにも理不尽である、といわざるを得
ないだろう。

 こうした事態を目の当たりにすれば、人間である以上、たいていは学習する。今年のメジャーリ
ーグのバリー・ボンズ選手(サンフランシスコ・ジャイアンツ)のシーズン最多本塁打への挑戦な
どは、アメリカ球界が過去の出来事に対して学習した証拠であろう。記録更新を目の前にしてボン
ズ本人が、「勝負してくれない」などと語った時もありはしたが、そんな逆境をはねのけて更新し
た時に観客が彼を称える光景は、見ていて気持ちのいいものであった。少なくとも、「監督に対し
て配慮」などという言葉は、思っていても、また実際にそのような配慮をしたとしても、対戦する
チームのコーチが、口に出してはいけない言葉ではなかっただろうか。

 どういうわけか、日本の野球に関しては、今回お話した2つの感情が根強く残っている。確かに
記録は記録として偉大なものである。しかし、お分かりのとおり、破られるものもまた、記録であ
るはずなのだが、どういうわけか、「記録は守るもの」という考え方が優先されてしまっている。
もし、記録越えにチャレンジするのが日本人であったのなら一体どういうことになっていたのであ
ろうか。それは、未来が知っていることであろう。


・・・ここまで書いて思ったが、今年は「ローズ」の年だったのでしょうね。
大阪近鉄バファ「ローズ」、ヤクルトスワ「ローズ」、タフィ・「ローズ」・・・おそまつ。

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